とりほの時々更新

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お仕事いったんリセット

10年勤めたお店が閉店になった。

ちょっと仕事を始めようかなと周囲に言っていた頃、母と知人から同時にもたらされた求人情報。
この仕事なら日数も少ない、私にぴったりの内容、勤務先も近いという理由からだった。そしてなんやかんやあって当初の予定より半年ほどずれてお仕事が決まった。

働く…。バブルだった独身時代は8年間会社員。
やめた理由のひとつめは10年表彰されたくなかったこと。
ふたつめは会社が移転して公共交通機関での通勤がものすごくめんどくさくなったこと。
みっつめは総合職になりたくなかったこと。ちょうど女性も事務職だけでなく総合職で採用すべきだという声が出始めた頃で、長く勤めていたからか私にも総合職のお誘いが来た。他県にある支店の事務の女の子はどうやら受諾したらしい、きみはどうかなと支店長に声をかけられて即答「嫌です」。理由、自分は営業に向いてないから。お客様や仕入れ先と愛想よく話をするのでコミュ力が強いと思われていたのだろうが、「また武豊に裏切られちゃいましたねぇ」と時代を感じさせる与太話をするのと、「御社とこれこれの取引を御願いしたいがいかがなものか」という営業トークは別ものなのだ。

退職後はふたつの仕事を2年ほどずつ働いて、結婚後はずっと無職。
そんな中、めんどくさい病気になって仕事どころか日常生活を送るのも大変な状況になり、年月を経て体調不良指数が10から5ぐらいになった頃、ちょっと働いた方が良いような状況になってきていた。そんな中、冒頭のようなきっかけで見つかった今の仕事。

月のうち10日程度ということだったのだが、店長が有給欲しい都合で15日ぐらい行ったり、17時までなのに閉店間際までいさせられたり、やはり無理かもー、無理だーと思いながらも扱い商品が自分の好きな分野だったのでなんとか頑張れた。
7年ぐらい経った頃、自分の身体も徐々になれていたこともあってフルタイム勤務に変更となった。
そうこうしているうちにコロナとかコロナとかコロナとかそんなこんなを過ごしているうちに、社長が閉店のお知らせを告げにやってきた。
正直、実はもう身体が限界だったので、残念ではあったけど正直ちょっとホッとした(ごめんなさい…)。
閉店日までは限界突破を余儀なくさせる激務になったけど。

今のいちばんの問題は10年間、社食で栄養バランスが考えられたおかずをもりもりごはんとともに食べてた昼食を今後はどうしたら良いのかということ。朝はクッキーかチーズホットサンド、夜は旦那が仕事の日はパスタとかそうめんとか冷凍ご飯+佃煮で終わらせていたので、生きていくための栄養素は昼食でまかなわれていたのである。

うーん。こまった。